サー・レスリー、通称 “LJ”は、1928年9月オーストラリアのシドニーにおいて最初のLJHookerのオフィスを開設しました。
LJは自らの“不動産業の仕事というものは、単に土地建物のの取引をするのではなく、お客様の暮らしに携わることを旨とする”、と言う信条に基づき、多く人々と出会い、お互いの信頼を得るために多くの時間を費やしました。 その精神は現在のLJHookerの加盟店オーナーそしてスタッフに受け継がれています。
1930年代、世界的な経済不況の中でLJはサインボードから人々が最大のインパクトを受けるべく、会社のカラーを画期的な赤と黄色にしました。
1930年後半には、オークション、不動産管理、そして加盟店獲得にも手を広げるはじめます。
1947年7月1日、LJ Hookerはオーストラリアの株式市場に上場し、LJ Hookerがオーストラリア全土展開の足がかりを作りました。
その後、1966年にLJはオーストラリアに不動産フランチャイズのコンセプトを提唱します。
1989年、LJ HookerはSuncorp Insurance And Financeに買収され、その傘下に収まることとなりました。
そして2009年10月、創立者の孫であるL Janusz Hooker、通称“LJ”により、会社は創業者一族の手に戻りました。 そのときLJは、”私は、家族がオーストラリアにおいて偉大なる成功を収めてきたこの会社の新しい1ページに再び参加することを誇りに思う。“と語っています。
近年、LJHookerは、アジアパシフィックエリアで成長を続け、そして今LJHooker Japanが創立者の意思を日本に広めるべく設立されました。
LJ Hooker Japanのスタッフや、加盟店と取引をされたとき、皆様が創立者の信条
“不動産業の仕事というものは、単に土地建物の取引をするのではなく、お客様の暮らしに携わることを旨とする”と意味を理解して頂けると信じてやみません。
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